アーサー・C・クラークが最近亡くなった。
いわゆる「
2001年宇宙の旅」の原作を書いた人です。
2〜3年前、「
2001年宇宙の旅」の続編の続編の続編くらいの
「
3001年終局への旅」を読んだのを思い出し、
本棚から引っ張りだして読み返した。
さらに、彼の代表作の1作であろう「
幼年期の終り」を買ってきて
これも読んだ。
ちなみに、「
2001年宇宙の旅」は、映画版をレンタルして、
昔、観たことがあります。
最初観たときは、ほんとに意味が分かりませんでしたね。
若かったんだろうね。
で、「
幼年期の終り」。
おもしろかったです。かなりおすすめ。映画化希望。
以降ネタバレありです。
地球人が宇宙に飛び出すその時、
オーバーロード(上帝)なる
宇宙人が地球を訪れる。
彼らは当初、姿を現さない。仲介者を介在し、
間接的に地球を統治する。
姿を現さない理由は読んで下さい。
友好的に、かつ強制をせず統治し、
地球は黄金期に入るが、彼らには別の目的があった。
そして彼らの上にも、
オーバーマインド(上霊)なる存在があった。
彼ら(
オーバーロード)は物質的に究極的に
進化を遂げた種であったが、
精神的な
進化の限界に達しており、さらにはその先の
進化を望めず、
オーバーマインドの指示(?)により、
精神的な
進化の可能性のある種を、その
進化に導く手助けをしていた。
が、それだけではなく、それを行うことで、
彼ら自信がさらに
進化する手だてを研究することを目的としていた。
この本の中の
精神的な
進化は劇的である。
文中には「
トータルブレイクスルー(全面突破)」と表現されている。
じわじわと緩やかに
進化するのではなく、
ある一定の広い意味での閉鎖的な環境下に身を置かせ、
そこからの突破者を自然と発生させる、ということになっている。
トータルブレイクスルーは発現した場合、
それは人間であって人間ではなくなる。
ホモ・サピエンスの先に
進化する。
肉体的にではなく、
精神が。
個ではなくなり、集団的な一個の
精神となり、
最後には、
オーバーマインドの一部、
というか、
オーバーマインドとなる。
読んで思ったのは、
オーバーマインドは、
それ一個が一種ではなく、様々な種の
精神が
進化し、
混ざり合い一個になった、超存在、ともいうべきものである。
また、地球という星ですらも、彼らの一部となり、
最後には、すべてが物質からも肉体からも解き放たれ、融合する。
という、かなりぶっ飛んだ、そしてスケールのでかい物語でした。
アーサー・C・クラークは、
SF小説という、一見、科学からの発想を書きながら、
「
精神」というものを重要視しているようです。
3001年終局への旅の序章でもそれは明らかです。
その序章には、「
ファーストボーン(一番最初に生まれたものかな)」という存在が
書かれているのですが、
彼らもまた、最初は血と肉という肉体をもった種であった、と。
進化の過程、追求への過程で、
脆い血と肉からなる肉体から、機械へ
精神を肉体を移す。
これは、
精神を機械へ、メモリへダウンロードするイメージ。
さらには、空間そのものへと
精神を移行させます。
メモリへのダウンロードから、空間そのものへのダウンロードです。
この時点で、というよりも、
機械にダウンロードした時点で、
肉からなる脳という制約が無くなり、
メモリ一つに一人が入る必要性がなくなるんでしょう。
何人もがメモリ一つに、空間にダウンロードされた無限が、一つに融合する。
空間そのものになった暁には、すべての制約を解かれ、
純粋なエネルギー、というか存在そのものになる、と。
宗教でいうところの「神」的な存在ですな。
これもかなりぶっ飛んでますが、スケール大きすぎて、
ちょっと理解の幅を越えてしまいます。
とにかく、
アーサー・C・クラークは、科学を愛しながらも、
究極的には
精神以上に崇高なものはない、と確信をもっていたように感じます。
また、「
幼年期の終り」の中で興味深かったのは、
オーバーマインドから見た場合、
時空間そのものが制約をなくしている点。
3次元的な場所だけでなく、
4次元的な時間を含めた過去、現在、未来、
それらすべてを見ることが、感じることができる、というところ。
SF好きには、たまらなく面白いんだけど、
意外とイってる人だな、と思いました。
まぁ、イってるくらいが、面白いんだろうけどね。
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